坂本龍一

ipodの坂本の音楽を聴かずにおいたが最近は、ほぼ毎日になってしまった。
アルバム「1996」の「1919」いいね。毎日だよ。


【迷宮】
 *
 僕は刑事で、迷宮課を担当している。実際にはそのような課はない。事件の中で、そろそろ迷宮入りしそうな事件の最後をみとる仕事である。迷宮課に送られた事件は、特に解決のめどが立っているわけではない、というより、最後に特別な捜査をやったが、だめだったという理由付けの意味が大きいかもしれない。
 **
 「来たよ」と言って、課長が僕の目の前にファイルが投げた。「来たよ」というのは迷宮事件が来たよという意味である。漫然とファイルを開いてみた。被害者は笹田一男(24才)。もちろん、写真を見てみたが覚えはない。腹部を刺され、波止場から突き落とされた。殺人の時効は15年だから、今は39才で、僕と同じ歳である。
 同じ歳だと思うと、どこかで接点はないかと思い。彼の顔を見るが、特には浮かばない。笹田の経歴を見る。
 「あれ・・・」
 「オレと同じ高校校出身じゃないか」
 笹田は僕と同じ高校の同窓か。
 「笹田・・・ササダ・・・ササダ・・・サ・・サ・ダ・・」
 何かひっかかることがある。何だろう。
 「佐川。女から電話」
 「もしもし、佐川です」
 「川島ですが。わかる」
 「川島・・・、まさか、高校の同級の川島さん」
 「ええ、そう、今日こちらに来る用事があったものだから」
 「少し、時間がありませんか」
 急に川島から電話とは、不思議だ。まあ、川島と会うこと自体は、別に嫌ではない。どちらかというと、願ったりかなったりという感じである。なぜなら、川島は学校でも一番の美少女であった。同窓会以来だから、5年ぶりの出会いである。
 ***
 川島と20時に居酒屋で待ちあわせた。
 「急にびっくりしたよ。どうしたの」
 「特別の用というわけではないけど、ちょっと思い出して・・・」
 「そうだよな。特別というわけではないだろう・・・けど」
 川島と、とりとめのない話をした。
  ・・・・・・・・・・
 「笹田くん覚えている?」
 「笹田というと、あの殺された笹田」
 僕は、笹田の名前が出た時点で、なんとなく、川島の目的はここにあったように思った。
 「佐川さんも刑事だから、あの事件迷宮入りなのかな」
 「そうだな・・・多分迷宮入りだろうね・・・」
 「そう・・・迷宮か」
 川島は、しばらく考えるようにして、だまってしまった。
 僕は少しさぐりを入れてみた。
 「川島さんは笹田のこと知っていたの」
 「そうね。知っている。
  殺人事件は時効は15年よね。もう、あの事件も時効よね」
 「あと、3ヶ月で時効になるね」
 また、川島は黙ってしまった。
 「川島さん、君は何か気になることがあるのじゃない」
 川島はしばらく、宙を見ていたが、意を決したように話しだした。
 
 *川島の話1*
 高校の同級生で山元君覚えている。
 山元で思いださないなら、「ヤマゲン」だったらどうでしょうか。
 実は、私は高校2年の夏休みからヤマチャンと交際していました。私はヤマチャンと呼んでいました。学校では、普通の友達風にしていたけど、彼の家に遊びに行ったりしていました。
 彼は表現が普通なんだけど、とても優しく、私のよき相談相手でした。いろいろな愚痴も聞いてくれたし、私にとっては、とっても気の休まるタイプでした。今で言う癒し系なのかな。今の高校生には考えられないかもしれないけど、サイクリングに行ったりして、私が手作りのお弁当持っていって、食べたりして楽しかった。
 もちろん、処女は彼にあげたけど、今じゃ、こんな感覚古くさいよね。
 川島は、そこまで話すと黙ってしまった。
 川島の頬には一筋の涙がこぼれていた。
 ヤマチャンは優しくて、思い遣りがあって、結局、私は、彼を越えるような人には出会わなかった。ヤマチャンは優しいから、彼に甘えてしまったり、時には、彼に八つ当たりしてしまって、彼を困らせてしまったこともあった。
 彼は成績が優秀だったから、彼から勉強も教えてもらった。
 ・・・・
 でも、ある時から・・・彼が私を無視するようになってしまった。
 その理由がわからなくて・・・・
 そして、・・・
 また、川島は黙ってしまった。
 ヤマゲンはそう、高校を卒業した春に自殺した。
 僕たちには、なぜ、彼が自殺したのかわからなかった。
 ヤマゲン・・・の自殺と川島にはどんな関係があったのだろう。
 それと笹田の関係は・・・。
 川島は、別の店に行こうと言った。
 僕は行きつけのジャズバーをめざした。
 *川島の話2*
 ジャズバーの奥の席に座った。川島はロングカクテルを注文した。
 4ビートのスタンダードが流れていた。
 高校3年の夏。
 私は、意味もなくヤマチャンから無視されてしまった。
 電話しても・・・沈黙・・・。
 私は・・・何がどうなったのかわからなくなった。
 私は落込んだ。
 そんなとき、笹田さんが声をかけてきて、笹田さんの優しさが私の心にしみた。
 私は笹田さんに身も心もゆるしてしまった・・・。
 
 でも、交際するうちに、笹田さんのずるさとか、人間的ないやらしさを感じてしまった。それは、ヤマチャンと比べることで際立ってしまった。
 自分自身、嫌になって、自然と笹田さんからも離れてしまった。
 ヤマチャンは、成績も下がってしまって、生活もすさんでしまったようなことは聞いたけど、もう、2度と私に近寄ってくることはなかった。それは、彼の潔癖性なんだろうと感じていた。
 そして・・・・、卒業した春に自殺してしまった・・・。
 あんなに  いい人が・・・死ぬなんて・・・
 そのとき 私の中で、何かが崩れた。
 電話で友人から、山元さんの自殺を聞いたとき、放心しました。
 外で、6時のサイレンが鳴った。その音が私の心の底に残ったのです。
 サイレンの音が・・・いつまでも・・・。
 それでも、私には、どうして急にヤマチャンが自殺したのか、そもそも私を無視したのかもわかりませんでした。謎のままヤマチャンは死んでしまった。この世から消えてしまったの。
 それから、6年後、郵便局から電話があって、「実は、たいへん申し訳ないのですが、誤配された郵便物があって、そこの方が6年間ほったらかしにされていたそうです。ふとしたことで、この郵便物に気づかれて、先程、もって来られたのです。それで、申し訳ありませんが、只今から配達します」
 6年ぶりのヤマチャンから私への最後の手紙を読みました。
 
 川島はバックから手紙を出して、僕に読むようにすすめた。
 *山元の手紙*
 卒業式が終わり、すでに新しい生活への希望をいだいて4月を迎えようとしている人が多いでしょう。この高校3年間で、一番の思いでは川島さんとの出会いでした。
 川島さんとの思いでだけが、僕の高校時代の最良のものであり、同時に僕の人生において最大の幸福な時期だったでしょう。君とのサイクリングで山沢湖に行ったけど、そこで話したこと、僕の知らない様々な人間模様など聞かされて、人間の二面性にも気づかされました。そのとき、人間とは、いかに汚いものかと思ったことがありました。あの時の手作りのお弁当の味が忘れられません。
 さて、実は、卒業したことだし、話しておくべきことがあるように思ったものですから、このような手紙を書きました。
 夏休み前のある時期から、僕が君を無視をしたように思っているかもしれませんね。多分、そのように見えたでしょう。これは、無視ではないのです。
 7月になったすぐの土曜日、笹田が勉強を教えてというものだから、笹田の家に行きました。笹田の家には君も知っている同級生の女が二人来ていました。僕は笹田だけだと思っていたから、ちょっとびっくりしました。最初は4人で笹田の部屋で勉強していたのですが、そのうち、笹田がビールでも飲もうかと誘って、ビールを飲んでしまった。すると、勉強も別々の部屋でやったほうが進むだろうというので、僕と女がペアになって、笹田の空き部屋になっている兄の部屋に行きました。
 それから、つい、普段飲まないビールを飲んだせいか、僕は、そこで女を抱いてしまった。そこへ、突然、笹田がやって来て
 「ヤマゲン お前も 真面目だけかと思っていたが、けっこうやるもんだね」
 「これじゃ 川島にあわせる顔ないね・・・・いや、まいったな」
と言って、僕をネチネチと見ていました。
 僕はたまらなくなって、笹田の家を飛び出ました。
 それ以来、僕は何に対しても無表情になってしまいました。
 それは、君に対しても同じでした。
 君を無視したわけではないのですが、結果的にはそうなってしまった。
 かつて汚いと思った人間に自分もなってしまったと思いました。
 僕は、学校で無表情でいることで、やっと、そこに居ることができました。
 家では、逆に、そのストレスのため暴れました。
 母の僕を見る目は明らかに変わりました。
 父は黙って無視するだけです。
 家で、今まで飲んでなかったアルコールに手を出しました。
 それでも、僕が裏切った君のことを考えると、胸を掻きむしられるような感じがしました。どうして、あのとき、君以外の女を抱いてしまったのだろう。
 さらに、追い討ちをかけるように、君が笹田とつき合い出したとき、僕は半狂乱のようになって、自分の部屋のもの全部壊しました。教科書もノートも破り捨て、ベッドは包丁で切り裂き、バットで壁をたたき壊しました。
 ウイスキーをラッパ飲みして
 深い・・・自己嫌悪の世界に落込みました。
 もちろん、成績は下降の一途で、生活はすさみました。
 それでも、学校では無表情を通しました。その頃の僕を撮った写真がありますが、これを見ると、この男の裏に潜む暗黒を感じさせ、誰もがぞっとしてしまうでしょう。
 このような僕が、今回、弁解がましいこのような手紙をだすことを許して下さい。
 最近、やっと、暗黒から這い出す自分を感じています。
 追伸
 あなたの感情を害するものであれば、破り捨てて下さい。
               19××年 3月25日
                        山元純一
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 僕はこの手紙を読んで、底なし沼に片足だけ踏み込んだような感覚・・・バランスが悪く・・・ヤマゲンの暗闇を見た感じがした。
 これって、自殺の6年後に君が受け取ったのか。
 もし、これをそのときに受け取っていれば、彼の自殺は防げたであろう。
 誤配さえなければ・・・・。
 ヤマゲンの人生も変わっていただろう。
 「びっくりしたよ。そうだったのか」
 川島は僕をぞっくとさせるような目で見つめて、話しだした。
 *川島の告白1*
 私は、6年間もこの手紙を保管した人が憎かった。もっと早くこれを郵便局に届けてくれれば、いや、連絡さえしてくれればと思いました。
 それで、つい、郵便局まで行って、誰が届けたのかを尋ねました。
 「すみません。名前は聞き忘れました」
 「そうね、20代の前半くらいかな・・・男で・・・」
 「そうそう首の所に大きなホクロがあったよ」
 私は、それを聞いて、すぐに笹田を思い浮かべました。笹田は首のところに大きなホクロがあって、それを気にしていました。
 そういえば、そのころ・・・卒業して・・・4月前に一度、笹田が来ました。
 私はその頃アパートに住んでいましたから、郵便受が1階にあって、私のところの郵便受を見て、山元さんからの手紙を抜き取ったのだと思いました。
 でも、6年間ヤマチャンの自殺に悩んだ笹田は、その手紙を郵便局に届けたのでしょう。
 「笹田は読んだのかな。手紙」
 「・・・多分・・・読んではいないでしょう・・・」
 「郵便受から取ったものの、読むのがこわかったと思います。しかし、この手紙をいつまでも持っていることは、自分がヤマチャンの怨念から抜けきれないように感じたのでしょう。かといっても燃やしたり、捨てたりすることもできずに、結局は誤配ということで郵便局に持っていったのでしょう」
 僕は煙草に火をつけた。煙草の煙越しに見える川島は相変わらずの美人である。大人の色気が漂い、その表情には、まだ秘密めいた香をただよわせていた。
  *川島の告白2*
 私は許せなかった。笹田を。
 もし、あの時、笹田が手紙を抜き取らなかったら、ヤマチャンは自殺しなかった。
 そう思うと、私は許せなかった。笹田が。
 そう思っていたときに、笹田の方から連絡があった。多分、ヤマチャンの手紙を読んだ私の反応が気になっていたのでしょう。
 私は、彼を殺そうと思っていました。睡眠薬とナイフを用意しておきました。彼の居ない隙に、飲み物に睡眠薬を混ぜました。彼はふらふらとしだしたけど、やっぱり、殺す決意ができなかった。
 そのとき、どこかが火事だったのでしょう。サイレンを鳴らして、ひっきりなしに消防車が通りました。その時、私の中で、彼の自殺報告を受けた時のサイレントの音と重なったのです。フラッシュバックするように、私の中で再び、激しい怒りが込み上げてきて・・・ふらふらになった笹田をナイフで刺して・・・波止場から投げ捨てた。
 私は多分、捜査線上に登らなかったでしょう。彼との関係は、高校時代に1ヶ月ほどつきあっただけ、仕事の関係で電話することはあっても、今回のようにプライベートに会ったのは高校以来だから・・・。
 今日の事件ファイルを見るかぎり、川島の名前はあがっていない。
 「川島さん 僕は今、迷宮課といって、迷宮入り事件の最終の処理をしているのです。それも、僕の所の課に来るのは、もう解決の見込みのないもの。笹田の事件も迷宮ですよ。あなたが、自首しなければ・・・」
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 最後にひとつだけ、言い忘れていたことがあったわ。
 彼を刺した後、よくよく彼の首をみたのだけど・・・
 ホクロが消えていた。
 郵便局に届けた人は笹田じゃなかった。
 笹田のお葬式で聞いたら、彼、気にしていたから、2年前にホクロを消してうたそうなの。
 僕は煙草の煙が換気扇に吸い込まれるのを見ながら
 「手紙の誤配の偶然、ホクロの偶然、サイレンの偶然・・・・」
 「この事件の真犯人は偶然です。川島さんあなたじゃない」
 ジャズバーでは季節外れのマイファニーバレンタインが流れていた。



               junhigh

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