【フナ釣り】


僕は洋子という女とジャズバーで会っている。
洋子とは1ヶ月ほど前にこのバーで、隣に座ったことから知りあった。
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「僕は子どもの頃よくフナ釣りにいったものだ」
「親友に一夫がいて、それに、涼太とも遊んだな」
「一夫に涼太と、ミミズ掘ってね。近くの川に行ったものさ」
「ウキはセルロイドの安物で、ポコポコと反応してね」
「釣れないときは、ザリガニとったり、泳いだりしたものさ」
「一夫は泳げたけど、涼太が泳げなくてね、二人で涼太を溺れさせたり、パンツを脱が せたりの悪さをしたものさ」
「ある時、川を大ヘビが泳いできてね。あわてて岸に上がったけど、涼太が泳げないものだから遅れたんだ。やっと岸に上がった涼太の恐怖の顔を見たとき、一夫と大笑いしたんだ」
「洋子は子どもの頃、どんなことしてた」
「私の場合、そうね。何してたんだろう」
「普通の女の子遊びかな」
「その頃は、まだ、ゴム跳びとかオハジキなんて古典的なものもあったし」
「洋子に会って、もう、1ヶ月くらいかな」
「君は独身だよね」
「僕も独身だし、もうすぐ40になる」
「結婚とか考える」
「私は、子どもの頃から好きな人がいて、その人が結婚しないから、なんだか踏ん切りがつかなくて、だらだらしていたら、こんな歳になってしまった」
「でも、そろそろ結婚しようかな」
「僕もそろそろ、家庭をもたないと思っているんだ」
「でも、これだけは縁だからな」
「君は何を飲む」
「私はマルガリータ
「マスター マルガリータジントニックね」
***
二人はかなり酩酊してきた。
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「君は、魅力的だね。君のようなタイプは好きだ。今日は、僕の部屋に来ない」
「明日は休みだろう」
「賢治の部屋に行くの」
「でも・・・。それって・・・」
「どうしようかな・・・」
「洋子・・・。今、なんて言った」
「賢治と言ったよね。どうして、僕の名前を知ってる」
「僕は、君と会うのは3回目だけど、名前言ってないよね。坂本とは言ったけど」
「・・・・それは・・・」
「僕は君とどこかで会ったような気がするんだ」
「そんなことない。それって気のせいよ」
僕らは店の外に出た。
 *正体*
「君はナニモノなんだ」
「僕は、君がナニモノかしりたい」
僕は地下道で、洋子の正体を確かめたかった。
洋子と向き合って彼女の両肩をつかんだ。
「君は何か隠しているんだろう」
だが、口を開こうとしない洋子は下を向いている。
「何を隠してるんだ。どうして、僕の名前を知っている」
だが、押し黙った洋子は、口を開かない。
僕はつい、かっとなって、洋子の両肩を強くゆすった。
洋子の持っていたバックが床に落ちた。
バックの中身が床に散らばった。
「あっ ごめん。つい力が入ってしまった」
僕は慌てて、散らばった物を拾い集めた。
その中に、綺麗な紙で包んであった細長いものがあった。
「これは・・・」
僕は狼狽した。紙の端からその物の一部が飛び出していた。
それは見覚えのあるものだった。そうセルロイドの子どもの頃のウキ。
「これは、フナ釣りのウキじゃないか」
「どうして、君が持っている」
洋子は、クスクスと笑いだした。
「もう、だめね。これ以上、隠すのは」
「私は洋子であり、涼太なの」
「私は子どもの頃から賢治が好きだった。でも、あなたは一夫が一番の親友だった。一夫には嫉妬した」
「私は本当は泳げるの。でも、泳げないふりをしてあなたに抱きつくのが好きだった」
「でも、賢治とは結婚できない。だから、あきらめていたの」
「3年前に同窓会があったとき、私は出席しなかったけど、賢治が結婚していないことを噂で聞いて、賢治への想いが再燃したの」
「それで、賢治の前に女として現われようと思った。この3年間は、そのために費やした」
「でも、とんだ茶番劇よね。私のこと、可笑しいでしょう。嫌いでしょう」
洋子は、座り込んで、笑いながら涙を流した。
マスカラがとけて、目の周りは黒くなっていた。
*想い*
洋子は座り込んだまま動こうとはしなかった。
賢治は洋子と涼太をだぶらせながら、立ったまま動けなかった。
あれだけ飲んだにもかかわらず、頭は妙に冷えていた。
そして、郷愁に似た感情が呼び覚まされた。
「洋子いや・・涼太。僕の想いを話そう」
「僕は、一夫と親友のようにつきあっていたが、実は、涼太が一番好きだった」
「子どもの頃は、好きだけどそれが屈折して、まっすぐに表現できなくて、いじめのように見える行動に出る。君のことをのけ者にしながら、下半身を熱くさせていたんだ」
「僕が結婚しなかったのは、どこか涼太のことを考えると女に興味がわかなくて、それで遅れてしまった」
「小学校を卒業して、君が遠くに転校しても、いつも、どこかで君のことを考えていた」
洋子はやっと顔を上げて
「私も賢治のこといつも考えていた」
「同窓会に出席した人から、賢治の勤め先を聞いて、賢治のよくいくジャズバーを見つけたの。自然な出会いで、話が出来るだけで幸せだった」
賢治は洋子の手を引き、立ち上がらせて、やさしくキスした。
二人は手を組み、地下道を歩いた。
地下道の外は地下道よりも暗かった。


junhigh