アンダーグラウンド

尾形直之さんのインタビューに次のような一文があった。
p.549-550

上野駅で人がけっこう降りて、やっと一息つけました。なんとか吊革が持てたというくらいです。電車に乗っているあいだに何かするか?何もしません。ただ「ああ、座りてえな」と思っているだけ(笑)。上野を過ぎたあたりから、「この人はそろそろ降りそうだな」と目星をつけて、その人の前に立っています。長年通勤をしていると降りそうな人の雰囲気ってだいたいわかってくるんですね。キャリアというか・・・。座ったらもう、すぐに眠ります。かあっと熟睡しちゃいます。でもどんなに深く寝ても、六本木のひとつ手前の神谷駅で必ずぱっと目が覚めます。たいしたものですよ。

尾形さんは、直接の電車の中では被害にあわなかったが、電車を降りてサリンの中毒症状の人を救助するためにホームに再度降りて2次被害にあった。日常が異形の現実にさらされた時に、どのように行動するのかが尾形さんのインタビュー記録を読むと伝わってくる。

ふと、「アンダーグラウンド」が気になっていたら、NHKで「『オウム獄中からの手紙』なぜ無差別テロに走ったのか」が放送されることがわかった。
この番組を見ても、どうしてオウムがサリン事件を起こしたのか、坂本弁護士一家殺人事件を起こしたのかの答はなかった。

オウム幹部が、現実社会の矛盾や歪みに嫌気がさして、精神世界にのめりこみ、麻原と出会い、オウムの階級制度の中で競争に勝ち、より上を目指したのはわかるのだが。それと殺人のつながりがわからなかった。地下鉄サリン事件の実行犯が「どうして、その時そのようなことをしたのかわからない」、「その時の気持ちがわからない」と手紙で述べていた。

尾形さんの日常が、地下鉄サリン事件という荒唐無稽の事件と遭遇する。その接点が可能であったのはどうしてであろうか。オウム真理教という現実から隔離された別の社会が醸成され、そこで製造されたサリンが、日常の世界で狂気の牙をむく。どうして、そのようなことが起きたのだろうか。あの事件はテロであったのか。何に対するテロであったのか。番組は、その手前で、オウム幹部のように思考停止状態になってしまった。