連続読物 レンジ系 その7からその11

その1からその6
http://d.hatena.ne.jp/junhigh/20040329


その7
僕は戻るところがある人間である。ということは、それだけ弱い人間である。戻れば、そこにはやすらぎがあるような人間である。つまり、交換可能な人間である。
交換してもいいけど、されなくてもいいと思っている。
つまり、どうでもいいけど、どうでもよくない。
どうでもよくないけど、どうでもいい。
僕は、どうしようもない罪を犯した。
それは、テニスコートでもなく、濡れそぼった更衣室でもない。
ブラックホールでもなく、ホワイトホールでもない。
決着した問題を、僕はもったいぶってるわけでもない。
たとえば、断崖に咲く花がどのような意味をもつのか。
もたないのか。
僕の運命は知らない。
これから先も知らない。
知らないから、不安でも無く
いっそ、断崖の花のようになりたい。
それって、希望
それって、絶望
それって、そのようなままで生きる勇気がないのだけ。
多分。

その8
『ボク』は、寛寿郎を呪っている。寛寿郎というのは誰だかしらないって。ごめん、ごめん。僕は、電話ですぐにあやまる癖があります。それで、寛寿郎のことです。というか、寛寿郎もだけど、みなさんは『ボク』のことも深くはご存知ではないでしょうね。
『ボク』はひきこもりの警察官です。または、管理体制から離脱しながら、秘密を保有させられた人間です。変ですか?寛寿郎は、僕の勤めている警察の署長なんですが、変ですか?なぜ、ひきこもったかは説明したくないのですが、超カンタンに言えば、疲れたんです。
ということ。
寺山修司  「書を捨てよ、町へ出よう」より
「自由だ、助けてくれ」
僕のありきたりの知識は、埋没するんだ。なんて。
ところで『ボク』は、毎日、寛寿郎を呪っているのですが、その効果があるのかはわかりません。確認のために新聞の訃報の欄は見てるんです。なかなか寛寿郎は死なないんです。まあ、そうカンタンに死ぬとは思えません。
昼ごろ、玄関でチャイムを誰か押したみたいです。普通は、出ないんですが、なにか、急に玄関ドア開けようと思いついたのです。
そこには寛寿郎が立っていました。
「○○くん、元気にしてるか」
「はぁー、元気ではないですけど」
「そうか・・・、ところで、最近、何を読んでいる」
「『テロルの時代と哲学の使命』なんか」
「まあ、いいだろう。ところで、今日来た理由なんだが、キミも、すでに病休が半年になっている。そこで、そろそろ職場に復帰しないとヤバイのだが」
「ヤバイ・・・、何がヤバイのですか?」
「わからんのかなぁー。つまりクビだ」
署長の後ろで、死神が踊っている姿が見えた。
「死神が踊っています」と『ボク』は言った。
「冗談はいいから、お前はヤバイのだから」と署長は言った。
署長の顔が青白く見えたが、気のせいだろうか。
まあ、いいや。次回へ。

その9
「僕はいらない存在なのですか」と『ボク』は言った。
「いらない存在ではない。カンタンに言えば、自らいらない存在にしているんだ」と署長は言った。
「とにかく、もうしばらく、このままでいますから」
それを聞いた署長は、しばらく沈黙した。
そして
「最近、よくキミの夢を見るよ。うなされるんだ」と言って、立ち去った。
日常はかわらない。変わらないから日常で、そんなものでしょう。ネットの世界におぼれても、何も変わらない。僕の書く文章を読んでも、みなさんは変わらない。僕は、書くことで変わるかもしれない。
かもしれない。
家は、外界から閉ざすための境界のようなものです。『ボク』はその境界の内側に居て、カーテンを開けることは、外の日常を確認するためです。テニスコートの猫が問題でなく、日常があるかどうか確認するためです。それは連続性の確認です。確認して、安心はしません。いつ、壊れるかもしれない日常を確認はするのですが、安心はしません。
『ボク』の身分は、保障されていません。署長は、それを告げに着たのです。予言のようなものです。『ボク』は明日もあさっても生きているのか、それとも、死んでいるのかわかりません。起きがけのコーヒーにヒ素が混入されない保障はありません。寝ている『ボク』にめがけて、いつ隕石が落ちてくるのかわかりません。
『ボク』は寛寿郎を呪うでしょう。
たとえば、それは日常です。別に、呪わなくてもいいのです。ただ、どうでもいいことを積み重ねてもどうにもならないことに腹がたつんです。だから、呪い続けて、それによって、寛寿郎が死んだら、『ボク』の日常が何らかの効果を外界に対して影響を及ぼしたことの証明になるように感じるのです。
実は、嘘をついています。それは次回、述べましょう。

その10
僕は嘘をついていた。
実は、『ボク』は、警察官ではない。『ボク』は、自衛隊員である。考えてみると、話の展開上、『ボク』は、自衛隊員であることがいいようだ。ということなのだ。ということで、寛寿郎も警察の署長でなく、自衛隊での『ボク』の上官ということにしてもらいたい。
僕はこれを書いている立場からして、自由に話の展開をもっていけるので、みなさんにお願いすることもないわけである。ないわけであるが、お願いをする。
9・11以後という言葉があるとして、その前とその後はどのように変わったのだろうか。変わったという感覚が世界を覆ったのか、それとも、何ら変わりのない世界が展開しているのだろうか。
大統領が言った。
「これは戦争だ」
倒壊したツインタワーの瓦礫が、ソックスを裏返しにするようにアメリカのハラワタを見せたように思えた。文明は簡単に倒壊することは、僕らの日常の継続の困難性を指し示した。
『ボク』の日常は、9・11以後も継続している。それは、表面上変わりなく続いているようであるが、結局、『ボク』はこのためにこの部屋に引きこもっているのだ。
そう、9・11のために。
『ボク』が『』で閉じこめられたボクなのだが、僕はボクと区別の意味で漢字で書いている。しかし、ボクという表現がより軽く、しかし、同時に『』で閉じられていることは、彼の生活の実相を表している。
絶命の声を聞いたことがありますか?
亡霊の尻尾を見たことがありますか?
何を言っているんだ。
僕は、確かに見たんだ。
混乱している。錯乱している。
近代化のトラウマとしてのテロルがどうして『ボク』の日常に影響するのか。『ボク』の日常は、やっぱり、9・11後に変わったのだ。それを認めたくなかったのだ。引きこもりながら、ヒ素入りのコーヒーに不安になり、隕石の衝突に恐怖するのは、現実の恐怖を緩和するための回避的方法なんだ。

その11
ピエール・モンテブルタンを知っていますか。
知らない。
よろしい。
悋(やぶさか)仁左衛門を知っていますか。
知らない。そう。ホントに知らないんですか。
よろしい。
僕にも『ボク』にも関係のない人々が生きています。生きていても死んでいても、何の関係もない人がいます。そのひとが幸福だろうが、不幸だろうが関係ありません。テニスコートの猫よりも関係ありません。
ここが噂の「レンジ系」ですか。けっこう狭いですね。
イエイエ。
そんなにオッシャラナイデ。
イエイエ。
僕はブルーハーツを聴くことやめました。
なぜですか。
嫌いになったのです。
そうですか。
そこの『ボク』。
幸福ですか。
イエイエ。
そうですか。不幸ですか。
イエイエ。
カニサル・カワシエールを知っていますか。
知らない。
よろしい。
そうです、一生かけても、知ってる人より知らない人が多いのです。
それはそうでしょう。
蕪辞坂(ぶじざか)五郎右衛門を知っていますか。
知りません。
知りません。
知りません・・・・。
そうですか。そうですか。