劣化ウランに対する文部科学省の評価へのコメント

平成14年11月の鳥島における米軍劣化ウラン弾誤射事件に関する報告書における「参考5劣化ウラン放射線及び重金属毒性による影響について」での健康に対する要旨は次のようである。

1、劣化ウラン放射線による被ばくについて
外部被ばく
劣化ウランアルファ線による影響力はほとんどない。ガンマ線による体外被ばくは影響が小さい。
内部被ばく
・経口摂取では(不溶性化合物は)速やかに排出されてしまい問題にはならない。
・吸入摂取ではアルファ線による内部被ばくの影響を考えねばならない。

2、劣化ウランの重金属毒性について
経口摂取
・可溶性の化合物の場合は腎臓や肝臓への影響を考えなければならない。
・不溶性の化合物の形で経口摂取した場合には、速やかに排出されてしまい問題にはならない。

ここでは、前提として可溶性にウラン化合物を考えていない。奇異に感じることは、重金属毒性について、「吸入摂取」の場合をとりあげていないことである。平成9年6月の本委員会報告書の内容がサイトにアップされていないので引用の本文を参照できないために不明な部分があるが、少なくとも、ここでは引用されていない。ただ、後段で、その後のWHOなどの研究機関の報告として、次のように述べている。

不溶性ウラン化合物を吸入摂取した場合には、体液に吸収され難く、肺の繊毛運動等によって徐々に気管支、気管へと排出され、食道、消化管に落とし込まれて体外に排泄されるまでの間、呼吸気道における放射線被ばくの影響について考慮が必要になる。しかし、この影響は、同量の可溶性ウラン化合物を吸入摂取した場合の化学(重金属)毒性影響より小さい。

吸入摂取における肺などへの重金属毒性については、鳥島の場合は考えなくてよいという立場(地中や海中に埋もれている)かもしれないが、文部科学省としての見解を明らかににしてもらしたい。

全体の印象としては、在日米国大使館の見解よりも緻密であるが、劣化ウラン弾による健康被害は考慮しなくてよいということである。米国の見解を追認するものと考えられる。

この報告文書で、「世界保険機構(WHO)、米国環境有害物質・特定疾病対策庁(ATSDR)、英国王立学士院(The Royal Society)、国際放射線防護委員会(ICRP)、及び国連環境計画(UNEP)などの報告書が出されている。」とあるが、小波秀雄氏がより詳しくこの部分のまとめをpdfの形でアップしている。
劣化ウラン問題を検証する― 広島大平和科学研究センター,篠田氏の論文から」
http://www.cs.kyoto-wu.ac.jp/~konami/sci-cul1/du.pdf
少し長くなるが、湾岸戦争後の各調査機関の劣化ウランに関する見解を引用する。

湾岸戦争
1993 年米国会計検査院(GAO)
「健康に著しい危害があるレベルの被害ではないとしながらも、湾岸戦争従事者が、劣化ウラン対策の訓練を受けておらず、劣化ウランについての十分な知識を持っていなかったことを問題視した。そして陸軍はより適切な対応をすべきだと勧告したのであった(USGAO, 1993)。」


1994,1995 陸軍環境政策研究所(AEPI) による2 つの報告書
(下の太字書きの部分を参照)
「AEPI 報告書は、陸軍の責任を招くような記述を避けながらも、劣化ウラン兵器の使用が潜在的に人体に危害を及ぼしうるものであることを確認した。同時に、土壌の掘り返しなどの事後的対応策が考えられるとしても、劣化ウランの毒性を減らす方法は存在しないとして、劣化ウラン兵器問題に特効薬がないことを明確にした。そしてまずもって米国兵士に劣化ウラン汚染に対する対応策を徹底して教育することの必要性を説いた(AEPI, 1995, 7.5.3, 6.2, 8.2.2)」
(太字書きの部分)
この2 つの文書は,機密文書扱いであり,議会や大統領諮問委員会にさえ渡されていなかった。それを民間の組織が入手して暴露したのである。


1993-2002 国防総省,退役軍人省による継続的調査
「1993 年から2002 年にいたるまでの間、劣化ウランの被曝の恐れがあると認定された、「友軍射撃」を受けた戦車に乗っていた兵士のうち、わずか60 人足らずの帰還兵しか調査対象とされなかった。調査規模の小ささは、国防総省が独自に調査対象を決め、健康の不調を自己申告した者を対象から外したことによる。そもそも国防総省ですら、866 人から932 人が劣化ウランにさらされたと考えていたはずだった。」


1995 クリントン大統領:大統領諮問委員会による「湾岸戦争症候群」の調査
「その最終報告書は、1996 年末に公表されたが、湾岸戦争時のデータの欠如を指摘しつつ、劣化ウランなどの健康に対する因果関係は否定した。そして湾岸戦争症候群の原因を、戦争における精神性のストレスに見出した。」


2000 OSAGWI →米国陸軍健康促進予防医学センター(ACHPPM) にさらなる研究を行わせ、徹底的な反論を展開。結論としては、「第一レベルの上限値を体内に取り入れた者だけに潜在的な健康の危険があり、継続的な検査の必要があるが、それも決して最高度に深刻だというわけではなく、まして他のレベルにおいては、何ら健康上の危険性はない」
「この研究の推論は、たとえばAEPI が依拠した劣化ウランの70%がエアロゾル化するという1979年の実験にもとづく数値を、1990 年に行われた別の実験による10 37%に修正し、さらにそのエアロゾルの中の60% 90%だけが呼吸可能な大きさであるとする作業をへて、生み出された(USACHPPM,2000, pp. 52, 54)。」
「このようにACHPPM は、従来のAEPI の議論をも否定して、劣化ウランの健康への影響を最大限に否定しようとしたのであった(USACHPPM, website,“ Fact Sheet Depleted Uranium ”)。」


国防総省がRAND 研究所に委託した報告(既存の文献の調査による研究)
放射能の影響に関しては、ウランの吸入・摂取がガンなどの医学的影響を与えるとした先行研究はないと指摘し、それは人体が体内に取り込んだウランを排泄する有効な機能を持っているからだとした。科学的毒性に関しては、ウラン探鉱で働く者に末期の腎臓病は報告されていないとし、また退役軍人医療センターが把握している劣化ウランにさらされた帰還兵の調査でも、劣化ウランが原因と思われる腎臓への影響は見られなかったことを述べた(Harley, et al, pp. 69-71)。」

RAND 報告書の問題点
「ダンファーヒーは、ラットに劣化ウランを注入して、その影響を調べたアレクサンドラ・ミラーの重要研究をはじめとする多くの劣化ウランの危険性を示す関連研究が、RAND 研究所報告書が検討した文献から除外されていることを発見し、詳細な除外された関連重要文献リストを作成している(Fahey, 1999c)。」
以上の米政府系の研究報告の基本的な立場

・一貫して劣化ウラン湾岸戦争従事者に対する影響を事実上否定するもの
・自国兵士への健康被害の有無だけを問題にしている→ 劣化ウランが撒かれた地域の住民に対する影響の調査はない


バルカン戦争(1995-1999) 後
1995 年ボスニア・ヘルツェゴビナ,1999 年コソボ紛争にはNATO,国連PKO が関与ヨーロッパの帰還兵に「バルカン症候群」
1999 コソボ空爆 ←人権NGO 等から劣化ウラン兵器は国際人道法違反であると非難

湾岸戦争帰還兵の場合と同じように、ボスニア駐留PKO およびコソボ駐留PKO 部隊の帰還兵の中から、身体の異常を訴える者が多く現れたからである。これは「バルカン症候群」と呼ばれて、「湾岸戦争症候群」の場合と同じように、劣化ウランの影響が心配された」


2001 UNEP(国連環境計画) による調査 = 初めての,劣化ウラン投下地域の情報を使った現地調査
「11 名の専門家が構成した調査チームは、11 の劣化ウラン兵器使用場所で48 の高い放射能を検出できる汚染地点を発見し、7.5 個の残留貫通体と、6 つの貫通体ジャケットを発見した。だがそれ以外の場所では汚染を確認しなかった(UNEP, 2001, p. 26)。また付近の水や家畜も調べられたが、汚染は確認されなかった。なおこれらの場所で発射された劣化ウラン砲弾の数は、8,112 発と推定されている。」(長期的な影響を調べられるタイミングではないことに注意)


UNEP(2001 年10ミ11 月) セルビアモンテネグロでの調査
「第一に、調査対象とした六つの地点のうちの五つにおいて、土壌から低レベル放射線を検出した。これは紛争中に、劣化ウランが拡散放出されたことを意味する。第二に、発見された劣化ウラン貫通体は10% 15%が腐食していた。このことは、劣化ウランの地下水への浸入の可能性を示唆する。第三に、劣化ウラン砲弾によって破壊された軍用車両からは、低いレベルの汚染しか発見されなかった。第四に、地下水・飲料水からは、劣化ウランは検出されなかった。しかし将来にわたって、汚染は警戒し続けなければならない。第五に、UNEP は空気の汚染を調べることができるようになったが、その結果、六つの場所のうち二つで、空気中に劣化ウラン微粒子が検出された。」


国連の調査の現段階での結論
結論としては、直接的に人体に危害を与える汚染は発見されなかった。しかし調査が紛争の二年以上後に行われたものであることも考慮されねばならず、将来の地下水汚染の可能性など、幾つかの警戒事項も確認された(UNEP, 2002, pp. 8-10)。
なおUNEP は2002 年3 月にボスニアヘルツェゴビナでの実地調査の結果を公表する予定にしており、さらなる発見が期待される。またUNEP はクウェートでも実地調査を行っており、その成果の公表も待ち望まれる。


英王立学士院による調査
王立学士院は、劣化ウランがもたらしうる危険性と、紛争で用いられた劣化ウランが持ちうる危険性とを検討し、まず極端な状況を除けば、劣化ウランがガンなどの致死率の高い病気を起こすことは考えにくいとした。ただし劣化ウラン兵器によって攻撃された兵器の乗組員や、汚染された兵士などの「極端な状況」においては、肺ガンを起こす可能性は二倍になるという。だがそれでも劣化ウランによる白血病や他のガンへの影響は、非常に少ない。劣化ウランが腎臓に影響を及ぼすことは考えられるが、それもまた極端な状況においてのみ、現実的に考えられるという。


それに対する批判
王立学士院の研究については、すでに報告書公表前から、反劣化ウラン団体が懐疑的な視点を送っていた。なぜなら報告書作成メンバーの中核は、劣化ウラン利用に利益を持つ核産業と深く結びついている科学者たちで占められていたからである。しかも結果的には危惧した通り、王立学士院の研究には何ら独自の調査が含まれておらず、米政府系研究所が用いた既存の文献に依拠する色彩が強かった(CADU, website, News 3, 7, 8)。

劣化ウラン弾による放射線による人体への影響については、「直接的に人体に危害を与える汚染は発見されなかった。」というものがおおむねの結論だと考えられる。ただし、この結果が公正・中立に行われていたかにつては小波氏は疑問符を投げかけている。この論文の「劣化ウランが人体に与える影響」の冒頭に小波氏は次のように述べている。

国や政治・経済的立場の違いから,DU が人体に与える影響にたいする評価は二分されている。ここには,環境ホルモンなどの汚染物質に対する科学的な評価が,産業界寄りと住民寄りに二分される事態がしばしば起きるという事例と同様の構図が現れる。

DU や汚染物質を作って使う側は,その害を小さく見せることが,自分の利益にかなうわけだが,一方,その被害をこうむる可能性のある側は,害の大きさを強調して人々の意識をそれに向けることが利益になる。
ただし,このときに注意しておかなければならないのは,これらの対立する二者の関係は対称的ではないということである。

つまり,何かを作って使う側は権力や資本をもってそれを推進することができるわけだが,それに対抗する側には通常権力を動かす力や経済的な力はない。その中でどのようにして対等な論争関係を作り上げることができるのかは,まさに現代の民主主義の問題のひとつである。

すでに見てきたように、劣化ウランの毒性についての懸念が高まっている一方、米国政府などは劣化ウラン兵器による汚染の危険性を認めない。そのような見解の相違が生まれてしまうのは、劣化ウランの影響を科学的に証明することが簡単ではないからである。
以上のような状況を踏まえて,DU の人体に対する影響が,誰によってどのように議論されているかを見ていく必要がある。

この考え方が、いわゆる左寄りとするならば、それをもってこのような考え方は否定されるのかもしれない。昨日の日記に書いたが、劣化ウランの問題に興味を持ったのは、一方において「左と右」というような二元論に帰着させて、「劣化ウラン(弾)問題」を別な部分に持っていこうという感じを受けたことである。

僕の見方としては、「劣化ウランの影響を科学的に証明することが簡単ではない」ということで、一方では、劣化ウラン弾の脅威を過剰に煽りプロパガンダとしてアメリカへの戦略的批判がある。これは一部の「反核グループ」が戦略として劣化ウランの脅威を煽っている部分もあると考える。

しかし、同時に「劣化ウランの影響を科学的に証明することが簡単ではない」ということによって、アメリカも劣化ウランの危険性を過小評価させようとしているように見える。小波氏の論文から引用すると

2001 国連総会
国連主導の劣化ウラン被害の調査に関するイラクの提案が、賛成45、反対54、棄権45 で否決された。その背景には、米国などによる他の加盟国に対する強い働きかけがあったと言われる。

ということである。劣化ウラン健康被害が予測される中で、厳密な現地調査が必要であることは言うまでもない。反対の数よりも棄権45という数の多さが気になる。

現段階での劣化ウラン弾健康被害については、「反劣化ウラン」側の評価が感情的に訴えるものが多く、過大に表現する傾向があるように思う。アメリカを中心とした劣化ウラン弾健康被害を認めないグループは、その評価を相対的に表現する場合が多いように考える。たとえば、文部科学省の報告文では

・天然および濃縮度の低いウラン、劣化ウラン等の場合には、化学毒性のによる健康影響のほうが、放射線被ばくによる影響よりも大きい。

ここでは化学毒性との比較によって、「放射線被ばくによる影響よりも大きい」としている。

・不溶性ウラン化合物は、経口摂取しても、胃腸管への吸収は0.2%程度と吸収され難く、糞便等と共に排泄されてしまうため、可溶性ウラン化合物を経口摂取した場合と比較して問題にならない。

ここでは、「可溶性ウラン化合物の経口摂取」との比較で、「問題にならない」としている。

・不溶性ウラン化合物を吸入摂取した場合には、体液に吸収され難く、肺の繊毛運動等によって徐々に気管支、気管へと排出され、食道、消化管に落とし込まれて体外に排泄されるまでの間、呼吸気道における放射線被ばくの影響について考慮が必要になる。しかし、この影響は、同量の可溶性ウラン化合物を吸入摂取した場合の化学(重金属)毒性影響より小さい。

ここでは、「同量の可溶性ウラン化合物を吸入摂取した場合」との比較において「小さい」と結論している。

ここでは、劣化ウランの健康に対する影響を相対的にしか述べていない。絶対的にどれだけの影響があるのかを留保している。また、比較することによって、劣化ウラン放射線の影響を小さく見せようとしているように感じる。

つまり、劣化ウラン弾健康被害を懸念する側と推進側の両方において、適切な評価ができていないのが現状のように考える。劣化ウランが相対的にしか評価できないことが、逆に言えば、劣化ウラン弾という兵器の特徴なのかもしれない。このことを端的に表す言葉次のサイトにある。

「ウラン吸入の健康影響」
DEPLETED URANIUM A POST-WAR DISASTER FOR ENVIRONMENT AND HEALTH
ロザリー・バーテル博士
http://www.jca.apc.org/DUCJ/DUwatch/DUW3-10.html
(日本語訳はあまり感心しないが、原文はすでにリンク切れになっている)
http://www.antenna.nl/wise/uranium/dhap99.html
(原文−愛・蔵太氏より教えてもらいました)

ウラン化合物による肺や腎臓への直接影響は、化学毒性と放射毒性の複合結果と考えられ、これら分離できない2つの要因のどちらに一つ一つの障害がどの程度関係しているかを判断することは、困難である。

化学毒性と放射線による毒性が明確に区分することは、かなり困難な作業であると考えられる。また、不溶性のウラン化合物について「不溶解性ウラン化合物が胃腸系に滞留する時間(生物学的半減期)は、数年とみられている。」としているが、ここでの見解は文部科学省の「不溶性の化合物の形で経口摂取した場合には、速やかに排出されてしまい問題にはならない。」と異なるものである。