EBMと劣化ウラン問題 その2

自治医科大学の岡山雅信氏が「EBMと古いジャガイモ」ということで、EBMについて説明している。
http://www.nakayamashoten.co.jp/ebm/forum/0106_01.htm
ここで、岡山氏は「EBMは,患者の好み(Patient Preference),研究結果(Research Evidence),臨床判断(Clinical Expertise)をうまく統合して,個々の患者の問題を解決すると定義されています.」と述べている。
また、「Evidence Based Medicine (EBM)とは?」
http://www.jichi.ac.jp/usr/tiik/ebm99ebm.html
では、次のような記述がある。

京都大学の福井次夫先生(総合診療部、臨床疫学)は、(中略)「入手可能で最良の科学的根拠を把握した上で、個々の患者に特有の臨床状況と価値観に配慮した医療を行うための一連の行動指針」と解釈しています。

ここでは、「EBMと古いジャガイモ」の話をもう少し具体的に書いている。

EBMを実践していくことで重要なことは、Research Evidence (研究から得られた根拠)、Patient(Population) Preferences (患者(集団)の好み), Clinical Expertise (臨床経験)の3つの要素をバランスよくまとめることです。この要素どれが欠けても、適切な診療はできません。料理に例えるとわかりやすいと思います。良い料理を作るためには、料理を食べる人の好み(Patient Preference)を十分知っている必要があります。そして、食材(Research Evidence)が良いにこしたことはありません。最後に、料理人の腕(Clinical Expertise)が必要です。食材をうまく食べる人の好みに合わせるのも、手に入る食材を用いて上手に料理を作るのも、料理人の腕にかかっています。

劣化ウランの問題では気になっている言葉(発言)がある。
一つ目が藤田祐幸氏の2003年7月1日の特別委員会での発言である。

ウランのアルファ放射体の内部被曝と重金属であるウラニウム金属の毒性との複合的なものであろうかと思いますけれども、今のところ、これが学問的に確立した因果関係というものが認められておりません。しかし、現実にそこに子供たちがいる、疫学的な状況としては明らかに増加の傾向にあるということであれば、そこに手を打つということがまず人道的に先決問題であり、同時に因果関係の研究を進めていけばよろしいわけであります。

二つ目がフォトジャーナリストの森住卓氏のWEBサイトの「BS23ワールドニュース出演辞退の説明」の部分である。

ジャーナリズムの役割は科学的に立証されないから伝えられないと言うのではなく、 そこに苦しんでいる人々がいて、その原因が劣化ウラン弾の疑いが濃厚の時、 その原因の究明のためにも、現場で起こっている事実を積極的に伝える事が使命ではないでしょうか。

この2つの文章を並べてみると、奇妙な一致点がみられる。「今のところ、学問的に確立した因果関係というものが認められておりません」と「科学的に立証されない」が符合する。「現実にそこに子供たちがいる」と「そこに苦しんでいる人々がいて」が符合する。「疫学的な状況としては明らかに増加の傾向にある」と「原因が劣化ウラン弾の疑いが濃厚」が符合する。「そこに手を打つということがまず人道的に先決問題」と「現場で起こっている事実を積極的に伝える事が使命」が符合する。

物理学者とジャーナリストという立場の違いはありながらも、その主張に共通性が見いだせる。これらの言葉に遭遇した時、僕は深い穴倉に落ち込んだ気分になった。そのどちらにしても「人道的支援」ということでは、理解できるのだが、物理学者が「因果関係」を明らかにできていない状況で、「疫学的な状況」というモノサシではかることにおいて、「劣化ウラン」が原因物質と言えるのだろうか。

同様に、「伝える事が使命」ということはわかるが、ジャーナリズムの視点から、「疑いが濃厚」ということで、「劣化ウラン」が原因物質として断定的に講演や写真展を開くことができるのだろうか。森住氏の積極的な取材、今までの世界を観てきた経歴、その活動のエネルギーには敬服するが、どこかすっきりしないものがある。

そこで、再度、「EBMと古いジャガイモ」の話にもどって、この劣化ウラン問題を考えてみる。

あなたの目の前に,飢えに苦しんでいる子どもがいます.手元には古いジャガイモしかなく,飢えをしのぐためには,これを食べさせるしか手はありません.こんなとき,あなたはどうしますか.まさか,古いからといってジャガイモをすぐに捨てることはしないでしょう.なんとかこのジャガイモが食べられないかていねいにチェックするでしょう.一部傷みがひどく使えなくても,一部は使えるかもしれません.使えたとしても,食あたりになるおそれがあるかもしれません.その判断に,あなたの経験も大切ですが,できれば他人からみてもわかる基準を利用したほうがよいでしょう.もし食べられなかったときに,この子が納得する説明ができるでしょう.また食べられると判断すれば,この子の全身状況を把握する必要があります.さらに,この子の料理の好みに気を配り,できる限り好みにあった料理をつくってあげたいものです.最後に,先ほど調べたジャガイモの傷み具合を十分考慮して,この子の把握した全身状況と好みにあった,食べやすい料理をつくるのがあなたの腕(技術)です.これで,一時的にしろ,この子の飢えはしのげ,笑顔をみることができるでしょう.

このたとえ話は、分かり易さでは有効なので、これを「劣化ウランで健康を害したかもしれない子ども」に適用してみる。「飢えに苦しんでいる子ども」は、まさに「劣化ウランで健康を害したかもしれない子ども」とする。「古いジャガイモ」は「研究結果」にたとえてあるが、この「古い」が意味するものは、研究結果が古いのではなく、使われる(適用できる)部分とそうでない部分が混在しているという意味である。

劣化ウランで健康を害したかもしれない子ども」がいるとき、その子がどのような環境で育ち、どのような時期に発病したのかを含めて、生育歴や親の健康状態を含めて総合的に調査する必要があるのではなかろうか。その子どもが「劣化ウラン」に被曝したとするとき、どのような場所で被曝したのかを検証する必要がある。

例えば、劣化ウラン弾が使用された戦地に近いのか、また、劣化ウラン弾やそれによって破壊されたタンクや建物で遊んだのか。また、劣化ウランによって汚染された水や食物を摂ったのかなど・・・。同時に、イラク化学兵器工場や化学兵器が使われた戦地であるのかなども調べる必要がある。

もちろん、健康を害したとする原因追及も必要だが、その子にとっての問題を抽出し定式化させなければならない。(EBMのステップ1)(診療判断スキル)
これについては「問題の抽出と定式化(岡山)」が、具体的で詳しい。
http://www.jichi.ac.jp/usr/tiik/ebm99mondai.html

劣化ウランで健康を害したかもしれない子ども」が、その健康被害の原因が何であるのかはEBMの解析手法で追及することも重要である。しかし、劣化ウランによる内部被曝についてのデータがどれほど公表されているのだろうか。また、劣化ウランの重金属毒性についてのデータも必要である。同様に、他の化学物質が原因であるかもしれないので、その健康に及ぼすデータも必要になる。劣化ウランについては被曝と重金属毒性の複合作用が考えられ、簡単ではない。

劣化ウランによる内部被曝の場合や他の化学物質についての健康被害についての診療の方法などの情報を収集しなければならない。(EBMのステップ2)(情報入手スキル)

収集した情報が利用できるかの判断が要求される。(EBMのステップ3)(情報評価スキル)

有用と考えられる情報を基にして、実際の治療にあたる。(EBMのステップ4)

これまでのステップ1からステップ4までの過程が適切であったかを評価する。(EBMのステップ5)

これまでのことを考えると、次のことが言えるのではなかろうか。
・人道的医療支援は緊急に必要である。
・しかしこれは問題の対処療法(対面医療)でしかない。
EBMを医療チームを組んで行うべきである。
 ・早急に劣化ウランに関するデータベースをつくる(すでにあるのか?)
 ・化学兵器に関するデータベースをつくる(すでにあるのか?)
 ・その他関連(しそうな)データベースをつくる
 ・患者の生育歴や成育環境のデータベースをつくる
 ・その信頼性に関する研究が必要
 ・軍事機密の公開が必要
 ・イラクに総合的な医療研究施設が必要
 ・予防的研究が必要
  劣化ウラン(または化学兵器)が原因であれば、それがどのような問題かを明らかにし未然にふせぐ。医療政治学て見地。

実際には、これらのことを早急に行うことは困難である。イラクの子どもたちの何人かでも、搬送が可能であれば総合的に治療ができる施設に移送して、基礎研究ができないだろうか。それをもとにして、現地の多くの子どもたちにそれが応用できないものかを考えたりする。
まったくの素人考えであるから、どれだけの有用性があるのかもわからないが、そのようなことを考えた。